い。それはわれらが生まれたるかぎり必ずなくてはならないはずのものである。
二 甘える心について
「人生にはさまざまの不調和がある。それを調和したい。けれど明日もし調和してしまったら変なものだ。やはり不調和のなかで苦しんで努力した方がいい」こういうことをいう人がある。しかし私はこれも本道ではないと思う。われらは調和が欲しいのだ。そして現在の禍悪《ユーベル》が堪えがたいのである。もし明日調和になればこれにこした福はないと思うべきである。事実においてはそう思っても、調和にならないから悲しいのである。そして努力は不断に続くのである。けれど不調和の方がいいと思うのは外道である。そう思われるのは現在の禍悪に対する悲哀がまだせっぱつまった厳粛なものでなく、そこにある表象的な要素があるからである。その要素がそのようなことをいわせるのである。これを運命に甘えた思想と私はいいたい。これに似た考え方はことごとく人性の本道ではない。たとえばたとい死後に地獄があって永遠の刑罰に与《あずか》ろうとも私は罪を悔いようとは思わない、というような思想も外道である。これは地獄の火の恐るべき苦痛に甘えている。
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