て永遠性と普遍性を帯びて万人の心に触れるはずである。たとえば「何ゆえにこの世にはさまざまな禍悪《ユーベル》があるのであろうか」というような悩みは私の私有であろうか? 私は、私としてでなく、人間として、公けに悩んでいるのである。私らはかく悩むときに、その悩みを同胞と分け持ちつつあることを信じることができる。そして深い共存の感じがする。私はさまざまの不幸のなかに涙して生きている。人生の永い悲哀に触れて心は濡れて輝いている。一人の人間がいかに忍耐して、強くまともに生きているかは他の人間の力となり、慰めとなる。私はしみじみと語りたい。安否を兄弟にたずねたい。みんなみんなしあわせに暮らしてくださいという気がする。
[#地から2字上げ](一九一六・一一)
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 本道と外道

 人間の精神生活の目的は成仏する(昇天する)ことである。かく願うことはわれらの現実の弱小《じゃくしょう》醜穢《しゅうわい》なる心的状態を省みるとき、あまりに誇大なるごとく見ゆるけれども、私は願いはいかに大きくても大きすぎることはないと思う。願いそのものさえ純粋であるならば、いかにみずからは小さく卑しくとも願いを立
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