する。かくて後たとい互いに過ちをつくろうとも、祈りと赦しとによってその過失からかえって互いに結び付け、富ますこともできるのである。私はこの後他人に働きかけたいときにはかく思おうとおもう。「私は今この人を傷つけるかもしれない。しかしいま傷つけないからといって、それで私はいつも傷つけないというのではないのだから、できるかぎり気をつけて働きかけさして貰おう。神様私が誤りませぬように守ってください。兄弟よ、許してくれ」と。みずからを高しと置くも、兄弟と置くも、実力だけのことしかできず、また実力だけのことはできるのである。しかし兄弟と置かなくては uneasy である。今の私の器量ではこの祈りの心と赦しを求める心とに支えられて、他人に働きかけるよりほかに知恵を持たないのである。もっと深い態度があらば、私は切に教えてほしい。
私はかような態度でこれから私の心の内に積っている感情や、願いや訴えを同胞に話しかけたいのである。私はそれらのものを共存者と公有していることを信じる。なんとなれば私の悩みや願いはもはや私のものとしてそれらであるというよりも、人間としての公けなるものばかりだからだ。その点におい
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