わる気であった。けれどもさまざまの紛糾の末に、その結果は女の心に悩みの種を蒔《ま》き、みずからの心の平和を乱し、周囲の人々に煩わしさと混雑とを被らせることに終わった。このできごとは私に深い反省を与えた。私は自分の理想と器量との間に考察がなければならないことに初めて気がついた。「いかなる人々をも愛して交われ」という教えは正しい。この教えを生かすのは耶蘇の器量である。しかし器量の小なるものはこの教えを生かすことはできない。サマリアの淫婦に話しかけた耶蘇には、彼女を説服して神の国の民となす力があった。しかし私は一人の婦人の運命を傷つけたのである。私はそのときから自分の力がひどく気になりだした。ある人と接触する前に、その人を幸福にし得る、少なくも傷つけないとの自信がなくてはならない。その自信なくして他人に働きかけるのは、たとい与うるの愛に燃えているとも、運命を畏れざる軽卒である。おそらく何人といえども、この反省の自分の行為の前に横たえる溝渠《こうきょ》を越えることは容易ではあるまい。私の足はぴったりと止まった。私には自信がない、一人の人間、一羽の小鳥でも、触れて傷つけないとの自信はない。「一人
前へ 次へ
全394ページ中279ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング