《し》く者は無い。鼓の響き、肉の香、白い腕、紫の帯、これらは私の欠くべからざる生活品だ。これらが無くては寂しくて堪《たま》らぬ。私の頸からは切っても切っても汚い、黄色な膿《うみ》がどぶどぶ出る。君らは鏡に向かって自分の強く美しき肉体を賛美することは知ってても、肺病患者が人知れず痰《たん》を吐いて、混血の少ないのにほっと息を吐くときの苦心は知るまい。私は死に面接してる。君らは死を弄んでる。死は私には事実だが君らには空想だ。『自然』に反抗するとき死は恐怖だが、降参してしまえば慰安だ。君らは早|叶《かな》わじと覚悟して、獅子の腕の下るのを待ってる小羊の心がぞんがい安静なのを知らないのだ」ざっとこんな意味のことを嘲るように、投げ出すように言った。私はなんだか私らの思索の前途がおぼつかなくなった。帰宅すると机の上に君の手紙が置いてある。それを読むとまたいっそうのこと心細くなった。君のは瘰癧のとは形式は異なるが、やっぱり「自己存在の確認」を訴えてるからだ。君がオブスキュアな生活が味気なく、ポピュラリチーを欲求するのはあえて無理とはいわない。ことに君は花やかな境遇ばかり経てきたのだからなおさらだ。し
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