烽チたいないほど愛してくれる。それにもかかわらず自分は家から離れたい切なる願いを感ずる。自分は家の中にいて両親を見ていると胸が圧しつけられるような気がする。そしていつも不安である。すぐにも逃げ出したいような気がすることがしばしばある。早くあちらに行ってくれればいいと思う。そして去ればホッとする。何ゆえに自分はそのように感じるのであろうか。それには二つの理由があるように思う。一つは親の愛に満足できないため、他の一つは親を愛することのできないためである。そしてこの二つは自分に人間の淋しき運命、人間の愛の実力なき無常を感じさせるからである。自分は親の愛で満足することはできない。両親に対しては何の不足もない。むしろもったいなく気の毒に思う。しかしそれだからといってその愛で満足することはできない。自分の心には深い人間としての悲哀がある。自分はその悲哀で生きている。その悲哀が自分の生活、自分その者の本質を占めている。けれど両親はその本質に触れてくれない。それを理解してくれない。自分のその重要な部分、むしろ自分その者とは何の関係もなく生きている。その意味においてあか[#「あか」に傍点]の他人である。
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