に照らして最も美しいと思う花簪《はなかんざし》を妹に土産《みやげ》に買って帰ってやったら、あの質素な女学校ではこんな派手《はで》なものは插《さ》されませぬと言っていたがそれでも嬉しそうな顔はした。君も重子さんに本でも慰めに送ってやりたまえ。妹というものは可愛いもんだからね。明後日出発する。しっかり勉強したまえ。
O市の春はようやく深し。今日の日曜を野径《のみち》に逍遙《しょうよう》して春を探り歩きたり。藍色《あいいろ》を漂わす大空にはまだ消えやらぬ薄靄《うすもや》のちぎれちぎれにたなびきて、晴れやかなる朝の光はあらゆるものに流るるなり。操山の腹に聳《そび》ゆる羅漢寺《らかんじ》は半《なか》ば樹立に抱かれて、その白壁は紫に染み、南の山の端には白雲の顔を覗《のぞ》けるを見る。向こうの松林には日光豊かに洩《も》れ込みて、代赭色《たいしゃいろ》の幹の上に斑紋を画き、白き鳥一羽その間に息《いこ》えるも長閑《のどか》なり。藍色の空に白き煙草《たばこ》の煙吹かせつつわれは小川に沿いて歩みたり。土橋を潜る水は温《ぬる》みて夢ばかりなる水蒸気は白く顫《ふる》え、岸を蔽えるクローバーは柔らかに足裏の触
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