《ぼたんゆき》が音も立てずに降っている。
昨日丸山さんが手紙をよこした。つつましい筆使いだがちょっと人を惹きつける。私は三年前の夏の一夜を思いだす。水のような月の光が畳の上までさし込んで、庭の八手《やつで》の疎《まば》らな葉影は淡《あわ》く縁端にくずれた。蚯蚓《みみず》の声も幽《かす》かに聞こえていた。螢籠《ほたるかご》を檐《のき》に吊して丸山さんと私とは縁端に並んで坐った。この夜ほど二人がしんみりと語ったことはなかった。淑《しと》やかに団扇《うちわ》を使いながら、どうかすると心持ち髷《まげ》を傾けて寂しくほほ笑む。と螢が一匹隣りの庭から飛んで来た。丸山さんは庭に下りて団扇を揮うて螢を打った。浴衣《ゆかた》の袖がさっと翻る。八手の青葉がちらちら揺らぐ。螢は危く泉水の面に落ちようとしてやがて垣を掠《かす》めてついと飛んで行った。素足に庭下駄を穿《は》いて飛石の上に立った丈《たけ》の高い女の姿が妙にその夜の私の心に沁みた。寡婦にして子供無き丸山さんは三之助さん、三之助さんと言って私を弟のごとく愛してくれたのだが、今では岐阜で女学校の先生を勤めてるそうだ。
私は休暇の初め、岡山で私の趣味
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