驕Bゆえに人生の事象のうち、自己の興味に適せざるものを避け、自己に快よき人間を選び、快適なる場所に住まんとする心は隠遁ではない。利己的なる近代人が人生の過悪に目を塞《ふさ》ぎ、その煩雑を厭い、美しき女を連れて湖畔の水楼に住まんとするのは隠遁ではない。隠遁の願いはエゴイスチッシュな動機からは生まれてこず、あのトマス・ア・ケンピスのごとき、愛の深い、純潔な人の心に生まれるのである。
自分はかつて人間の愛を求めた。燃ゆるがごとき情熱と、喘《あえ》ぐがごとき渇望とをもって、否あるときはむしろ乞食のごとき嘆願をさえもって! 友情と恋愛とはその頃の自分の生活の最も重要なる題目であり、最も奥底のいのち[#「いのち」に傍点]であり、また最も内部に燃えている火であった。ことに恋愛は自分にとっては一つの絶頂――宗教にまで高められた。恋愛のため今は何ものをも犠牲にして悔いず、また恋愛以外のものは何一つ無くとも飽和し得ると信じたほど恋愛に生きた。父母も、姉妹も、知己も、自分が一生をそのために捧げようと欲していた哲学さえも、ことごとく恋愛のためには贄《にえ》として供えることを辞しないほど恋愛に賭けた。そして恋
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