チて愛を求むる「人間らしき《ヒューメーン》」心に生ずるのである。そこに人生の不調和と永き悲哀の跡が辿《たど》られる。単に自分一人の安けさを求むるために人間が隠遁の願いを起こすことがあろうとは思われない。もし始めより自己のほかに興味を感ずることのできない、他人の愛を欲しない人間であるならば、おそらくその人には隠遁のスイートなロマンチックな気持ちは解らないであろう。隠遁は他人との接触に道徳的の興味を感ずる人、人懐かしき情緒の持主、かつては熱心に愛を求めたりし、優しき人間の心に起こる霊魂の避難所である。あたかも若き航海者が、平和なる海を望み見て、その海の彼方《かなた》なる理想の島を憧れ求めて船を乗り入れたが、そこには抵抗すべからざる潮流や、恐るべき暗礁《あんしょう》や、意地悪き浅瀬が隠されてあり、また思いもうけぬ風雨に会って帆は破れ、舵《かじ》は損じ、惨めな難破をかろうじて免れて、ようやく寄り着いた小さな港のごときものである。人間が隠遁の願いを起こすまでには、一度人生の行路に、愛の問題に躓《つまず》かなければならない。隠遁は自分一個の興味のみによっては成立しない、他人を予想して起こる情緒であ
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