ー怖である。最後の彼女の手紙を見た私の心に燃え立ったものは獣のごとき憎悪と讎敵《しゅうてき》のごとき怨恨とであった。これは明らかに自己を破るものである。かかる自殺的感情に打ち克たれては私は最後の立場を失うものである。私は自己を救うためにこの憎悪を克服せねばならなかった。それには六種震動ともいうべき心の転回的努力を要した。そして今では彼女を憐《あわ》れみ許す穏やかな心になっている。いな、前よりもいっそう深きリファインされたキリスト教的愛で彼女を包み、心より彼女の幸福を祷《いの》っている。
考えてみれば彼女は憐れむべき女である。私を欺いたのも悪意からではなく稚きものの犯しやすき表現の罪に陥ったものであろう。まだ思想の定まらない彼女が私の尨大な、不完全な、私の精神生活の重荷に堪えなかったのも無理はない。いわんや肺病の恋人と肺病の母とを持ち、母の喀血を目睹《もくと》した彼女の胸中を察すればふびんに堪えない。私はひたすらに彼女の今後における人間としての成功のおぼつかないのを憂慮する。いまに至りては彼女の幸福を傷つけずしては私のそれの要求の実現できない永い悲哀が残るばかりである。恋い慕う心のみた
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