カ活、それが崩壊するまでに私の遭遇した事実は人生の恐るべく寒冷なる方面のみであった。失恋と肺結核と退校とに同時に襲われて生きる道を知らず泣き沈める一個の生命物、それが小さな犠牲といわれようか。
私は恋人から最後の手紙を受け取ったが、私は生まれてからかかる冷淡ないやな性質の手紙を見たことがなかった。その手紙には「罪なき妾《わらわ》にまたいうなかれ」と書いてある。当面の責任者さえ罪を感じていないのだもの、その他の人々がなんで罪を意識していよう。
一個の「罪」も存在せずしてこれだけの犠牲が払われたとすれば、それを社会の不調和に帰するほかはない。これだけの犠牲は誰が背負わしたのか。私が背負わしたというものは一人もない。人生はじつに寒い。人の心は信じがたい。まことに私の経験した事実は私にとっては怖るべきものであった。
しかしながら私はその寒さと怖ろしさとの中におののきつつ、死の不安に脅かされつつ、なお、「生」の調和に対する希望を捨てることができない。いなますますその願望を確かにしたような気がする。世界には寒い恐ろしい事象がある。酷《むご》たらしい犠牲がある。錯雑した不調和がある。しかしなが
前へ
次へ
全394ページ中168ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング