轣Aこれらのものを持ちながら、「生」そのものはいっそう深い、強い、複雑な調和あるものと思うことはできまいか。これはライプニッツの予定調和の説などより独立に私には一種の実感的気分である。私はこの頃名状しがたき不幸に蔽《おお》われて暮らしている。人生の深き悲哀に触れたような気がする。しかしながらその悲哀は私に一種の永遠性を帯びて感ぜられる。私はマーテルリンクのように神秘を透して「永遠」に行く道を好まない。それはあまりに超越的な、むしろデヴィエイトした道のように思われるから。私はあくまでも公道を歩みたい。人間の人間らしき感情はもしそれが真実にせつにして深きものならば、皆「永遠」と連なっているように思われる。「永遠」とは時間の不断なる連続性をいうのではない。意識の侵徹せる全体性をいうのである。充実せる現在の宗教的なる生命感である。この「永遠」に触れたるとき人間にかなしき「悦《よろこ》び」があるのではあるまいか。悲しみつつ、苦しみつつ、生を賛美する心が湧くのではあるまいか。私の胸の奥にはこの頃一種のオプチミズムが萌《きざ》し初めたようである。それは青白い螢の光ほどの、ほんの微光にすぎないけれど、
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