^命に対して確実に、むしろこれにあたってますます光輝を放つものはモーラリチーのほかにない。カントが天空の星群の統一とならび称えたる強い、深い意志の自律の法則のほかにはない。単に苦しいとか安易なとかいうことよりいわば、運命の拙い人、ことに運命を直視して生きるほど生活に生真面目《きまじめ》なるものにとっては、死の望ましきことは幾度もあるに相違ない。今の私だって生きてる方が苦しくないとは思わない。あの独歩の「源おじ」を包んだ冷酷な運命を見よ、彼が首を絞って死んだのを誰が無理と思おう。しかも私らは「源おじ」をして最後まで生きしめねばならない。かく主張し得る道徳的根拠をエアレーベンしたるものを生の信者と呼ぶならば、私は生の信者として生きたい。
 今私の目に映る人生の事象は皆いたましい。が中につきても人間と人間との接触より生ずる不調和ほどいたましいものはない。世の中にはそんなに悪い人がいるものではない。ドストエフスキーの『死人の家』などに出て来るような生来の悪人はむしろ病的な人である。またかかる本来の悪意より生ずる悲劇は最も単純な、そして悲劇性の少ないものである。最も堪えがたき悲劇は相当に義理人情
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