ヘそうかもしれない。しかしながら私にとって最も痛切なる理由は自殺が私に最深の道徳的満足を与えないことである。最終までの努力感を与えないことである。みずからをほめる心地になれないことである。そのもたらす波動が彼女、彼女の老親、私の父母、私の運命的なる友の中に内在する私の自己にそむく苦痛である。他人の内に見いだされたる自己はあんがい強い。私は義理人情《ヒューマニチー》の抜きがたき根底を痛感する。個人主義なるがゆえに自己のことのみ考えればいいというような説は抽象的なものである。かかる性格がもし芸術において描かるるならばそれはストリンドベルヒの排斥するいわゆる Abstrakter Charakter である。実在の性格ではない。私はあくまでも Morality というものを|気にかけて《インテレッシーレン》生きたい。私は人間の究極の立場をモーラリチーの中に置こうと思ってる。人間に与えらるる自由というものがあるならば、それは道徳的自由のほかに確実なるものはない。その他の自由は皆意志に対抗する外部の力すなわち運命によって毀《こぼ》たるるものである。運命の力がいかに強いか、私はつくづく腹に沁んだ。
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