熕l間はかくのごときことを企つべきではないと思った。この青年の死骸の目撃は実感として私に「生」に対して企てられたる罪悪の意識を与えた。自殺が罪悪だということは道学者の冷やかなる理屈以外にもっと深い宗教的根拠があるのではあるまいか。そこには血と涙とに濡れたる数々の弁解があろう。しかも生に対する無限の信仰と尊重とを抱いて立つとき自殺は絶対的の罪悪ではあるまいか。足を切られれば切株(Stump)で歩むと言った人もある。いかなる苦痛にも忍耐して鞣皮《なめしがわ》のごとく強靱に生きるのが生物の道ではあるまいか。私はいま忍耐というものを人間の重大なる徳だとしみじみ感ずるものである。熱心な信仰家の持つ謙遜な忍耐、あのピルグリム・プログレスの巡礼の持つ隠忍にして撓《たゆ》まぬ努力の精神、それに私は感服する。苦痛と悲哀との底よりいかにしてかかる忍耐と、努力と勇気とが生ずるのであろうか。その理由、その過程の内には深き宗教的気分が宿されてると思われる。私はそれに心惹かるる。あの『決闘』のナザンスキーがロマショーフに死を止むるときに語ったごとき生の愛着はけっして単なる享楽的気分より出で来るものとは思えない。人
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