ネかった。
今から考えればこの頃の私の生き方はたしかにインテレクチュアルにすぎていた。その思索の方法も情意を重んぜぬ概念的なもので必ずしも正しかったとは思わない。けれども自己の生活を「実在」の上に据え付けようという要求は形而上学的な私の唯一の生活的良心であった。私とてもただ充実して生きられさえすればよかったのである。けれども生きんがためにはそうしないではいられなかったのである。私は私の実際生活の上に落ちかかったこの大問題に貧しい稚《おさな》い思想をもって面接することを、どんなに心細くもおぼつかなくも思ったであろう。苦しんでも悶えてもいい考えは出なかった。先人の残した足跡を辿って、わずかに nachdenken するばかりで、みずから進んで vordenken することなどはできなかった。私はこんな貧しい頭を持ちながら考えなければ生きられない自分は何の因果だろうかと思った。私はとても適わぬと思った。けれども何事も生きんがためじゃないかと思うとき、私はじっとしてはいられなかった。私は子供心にも何か物を考えるような人になりたいと思って大きくなった。私は leben せんためには denke
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