`ェの獅子と共に Ich will と叫んで頭を振るよりほかはない。しかしこの命令が自己の内部より発したとき、自己内面の本然的要求の上に基礎を置いたとき、われらはその声に傾聴しなければならない。かくて自律の道徳は起こり、真実の自由は始まる。すなわち氏の倫理思想は自然主義である。
 この自然主義が誤れる刹那の観念の上に立つとき刹那主義が生まれる。刹那主義には確かに厳粛なる一面の真理が含まれている。かつ空しき過去の追憶と、未来の映像とに生きんとする者に、「汝らは何処《いずこ》に立てりや」と問うものはこの主義である。現実主義が確固たる足場を得んがために、その哲学的反省を「時間」に関しておのれみずからの上に加うることによりて生じたのである。われらはただ現在にのみ立ってる。未来も過去も内容なき空殻である。ショウペンハウエルもその主著に次のごとく論じている。

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 Die Form der Erscheinung des Willens also die Form des Lebens oder der 〔Realila:t〕 ist eigentlich nur die Gegenwart, nicht Zukunft noch Vergangenheit: diese sind nur in Begriff, sind nur in Zusammenhang der Erkenntnis da. In der Vergangenheit hat kein Mensch gelebt, und in der Zukunft wird nie einer leben sondern die Gegenwart allein ist die Form alles Lebens, ist aber auch sein sicherer Besitz, der ihm nie entreissen werden kann.(Die Welt als Wille und Vorstellung)
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 この現在にいくらかの延長を想像し、これを分割して得たる単位時間のなかに、われらの生活の最後の基礎を置かんとするのが刹那主義者である。かくて彼らは刹那刹那の断片的なる要求を満足することにおいて正善な生活を見いださんことを主張する。刹那主義はその動因をわれらの生活基礎を確実にし、価値意識を純化せんとする真面目なる動機に発したものではあるけれど、その思索の過程にはたしかに概念的の錯誤が横たわってるのである。
 第一に彼らはわれらの意識現象を時間のなかに生滅するものと考えている。第二に時間を空間に翻訳して若干の単位に分割し得るものと考えている。
 しかし時間はわれらの意識現象を統一するために主観が設けた概念である。時間のなかに意識があるのではなく、意識の上に時間が支えらるるのである。意識を離れてただ抽象的に、延長のみ考えるならば、時間のなかに過去と未来とより切り放たれたる独立せる現在、すなわち刹那なるものが立て得らるるであろう。しかし事実として時間は意識をもって填充せられている。時間の推移とは意識現象が一の統一より他の統一へと移り行く過程であって、それは流動的なる純粋の継続であって分割すべからざるものである。その統一の頂点が常に「今」であるが、その今はそれ自身過去と未来との要素を含んでいる。一つ一つ併列して互いの外にある幾何学的の点のような刹那というものはどこにも存在しない。意識現象はいかに単純であっても必ず組成的である。すなわち複雑なる要素を含んでいる。これらの要素は孤立的でなく互いに相関係して意味を持っている。一生の意識もかくのごとき一系統である。われらの本然的なる要求もけっして孤独に起こるのではない。種々の要求は互いに相関係している。その全体の統一がすなわち自己である。ゆえに一時のまた個々の要求を断片的に満足せしめるのが善ではない。善とは全体としての一系統の本然的要求、換言すれば全部生命の要求を満足せしめることである。その全部生命は知情意を統一せる不可分の有機的全体である。これを人格と名付けるならば善とは人格の要求の実現である。けっして断片的なる官能的欲望のみの充足を言うのではない。
 西田氏の倫理思想は一言にして蔽えば人格的自然主義である。この人格的自然主義は享楽主義よりもいっそう根本的なる深刻なる基礎に立つものである。生命の底にいっそう深く根を下ろしたる気分より起こるものである。快苦は衝動の充足さるるか否かによりて生ずる感情であって生命の第二義的の産物である。第一義的の価値は衝動そのものである。自然主義は衝動そのもののなかに価値の重点を置くのである。快苦は後より生ずる結果である。自然主義は生命の内部よ
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