かし群衆の反応の中に自己の影像を発見しようと努めることとフィロソフィック・クールネスとははたして両立し得るであろうか。身オブスキュリチーに隠るるとも自己の性格と仕事との価値をみずから認識してみずから満足しなくては、とても寂しい思索生活は永続しはしない。君の言のごとく自己の記念碑を設立せんと欲するのは万人の常ではあるが、君、どうかそこをいま少し深刻に、真面目に考えてくれたまえ。君は他人より古い、小さい、弱いと思っては満足できぬ人間なのだから、エミネンシイに対する欲求も無理とはいわない、がそこを忍耐しなくては豪《えら》い哲学者にはなれない。君が目下の急務はフィロソフィック・クールネスの修養だ。何事も至尊至重のライフのためだ。後生だからエミネンシイとポピュラリチーとの欲求を抑制してくれたまえ。君はあくまでも尊い哲学者になりたまえ。私は熱心に研究してる。この頃くだらぬ朋友と皮一重の談笑するのが嫌でならない。独歩や藤村等のしみじみした小説、大西博士、ショウペンハウエル、ヴントを読んでる。
今日はじつにいい天気だ。空は藍色を敷き詰め、爽やかな春風を満面に孕《はら》んだ椎《しい》の樹の梢を掠《かす》めて、白い雲がふわふわと揺らぐ。朝から熱心に心理を読んでいた私は、たまらなく暢《の》んびりした心地になって、羽織を脱ぎ捨てて飛び出した。O市西郊の畷道《あぜみち》、測量師の一隊が赤、白の旗を立てて距離を測ってるのが妙に長閑《のどか》である。このとき僕はふと明林寺を想い出した。大西博士の眠りたまえる寺である。墓参しようと決心した。しばらく経って私は明林寺の鬱然たる境内、危そうな象形文字を印したる凸凹道を物思いがちに辿《たど》っていた。墓地に着くやいなや、癩《らい》病らしい、鎌を手にした少年が陰険な目付きでじろじろ睨んで通った。冷やりとした。数多き墓の中、かれこれと探って、ついに博士の墓を発見した。大きな松ののさばりかかった上品な墓だ。頭の上ではほろろと鳥が啼き名も知れぬ白い、小さな草花があたりに簇《むらが》り咲いていた。尊き哲学者を想うこころは、私をしてその墓の前に半時間あまりも蹲《うずくま》らしめて深い物想いに沈ましめた。豪い哲学者もこうして忘れられてゆくのだと思ったときオブスキュリチーに慄《ふる》える君を思い出して痛ましく思わずにはいられなかった。いつしか迫ってくる夕闇に、墓場を
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