る人々の間に起こる不調和である。人間の触るるところ、集まるところ、気拙《きまず》さと不調和とにみちている。いやもっと深刻な残冷な、人間の当然な幸福と願い――それはけっして我儘なのではない、人間として許されていいほんの僅かな願いをも圧し潰《つぶ》してしまうような不調和がある。みずからその災害を被らずとも、世界を調和あるコスモスとして胸に収めて生きたいヒューマニストにとってはこれはじつに苦痛なことである。そこには人間の切なる情実の複雑な纏絡《てんらく》があるだけに、ほとんどこれのみにて人をして厭世観を抱かしむるほどの悩みの種となるものである。しこうして私は実際に私の幸福と願いとを奪却せられた。私の願いとは愛する女と mitleben して、そこに生活の基礎を置き人間としての発達を遂げんことであった。深い善い幸福がその中に宿るべきであった。
この一年間の私の心の働き方はじつに純なものであった。愛と労働と信仰――人間として、また私の個性の行くべきまっすぐな道に私は立っていたに相違ない。それでなくてはあれだけの充実は感ぜられない。それがめちゃくちゃに押し崩されてしまった。信じて築いた私の精神生活、それが崩壊するまでに私の遭遇した事実は人生の恐るべく寒冷なる方面のみであった。失恋と肺結核と退校とに同時に襲われて生きる道を知らず泣き沈める一個の生命物、それが小さな犠牲といわれようか。
私は恋人から最後の手紙を受け取ったが、私は生まれてからかかる冷淡ないやな性質の手紙を見たことがなかった。その手紙には「罪なき妾《わらわ》にまたいうなかれ」と書いてある。当面の責任者さえ罪を感じていないのだもの、その他の人々がなんで罪を意識していよう。
一個の「罪」も存在せずしてこれだけの犠牲が払われたとすれば、それを社会の不調和に帰するほかはない。これだけの犠牲は誰が背負わしたのか。私が背負わしたというものは一人もない。人生はじつに寒い。人の心は信じがたい。まことに私の経験した事実は私にとっては怖るべきものであった。
しかしながら私はその寒さと怖ろしさとの中におののきつつ、死の不安に脅かされつつ、なお、「生」の調和に対する希望を捨てることができない。いなますますその願望を確かにしたような気がする。世界には寒い恐ろしい事象がある。酷《むご》たらしい犠牲がある。錯雑した不調和がある。しかしなが
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