a[ラリストでなければ尊敬することができないのである。私は私の友にあたえた手紙の一節に、「社会の道徳的(哲学的、芸術的、宗教的ということを一語にふくめてかくいう)[#()内の文字全てに傍点、ただし読点をのぞく]教養の今日のごとく幼稚な世に私は生まれて来べきものではなかったのだ」と書いたのを記憶している。私は道徳という語をこれほどの意味で使いたいのである。とにかく、私はあなたがそう認めてくれるとくれないとにかかわらず、私がみずから道徳家だと信じてることをいっておかねばならない。でなければ何のために私があなたにこの書をあたえるかが解るまいと思うからである。
私はあなたがモーラリストであると信じる。そしてその点においてあなたを尊敬する。しかしあなたの言動を見るときに、あなたのモーラリチーというものを私は深刻だと思うことができない。そして心細い感に打たれるのである。
第三学期全寮茶話会の夜、私はあなたの演説を聞いた。あなたはまさに本校を去らんとする三年生一同の総代として告別の辞を述べられたのであった。私は初めあなたが壇上に立たれたとき不快の感に打たれた。元来総代などというものは、それ自身よほど無理なものである。心あるものは平気で総代なんかになれるものではない。自分の生活に深刻であればあるほど個人、個人の生活の複雑多様なことを感ぜずにはいられない。数百人の感想を一人で代表して述べるなどということは無理なばかりでなく礼を欠くことである。ことにあなたのようにその感想がややもすれば共通的性質を離れて著しく主観的になりがちな人においてはいっそうのこと遠慮しなければならない。私がもし仮りに三年生であって、あなたの感想が私のを代表してるものとしたならば――いやそれほどでなくとも今年の三年には現にF・S君のような人がいる、F・S君をあなたが代表するなどということは傍から見ていて危うくてたまらないことである。
けれどもあなたは、私は多数の感想を独りで述べることは無理だから、私一人の感想を述べるとことわられた。また私などは適任者ではあるまいがと謙遜された。――おそらく誰だって適任者ではあるまいが――私は非常に嬉しかった。また安心した。
で私はここにあなたに反省を促すべき第一のことに逢着する。全寮茶話会の夜は無事に済んでよかったが、あなたはこれに類する、他人の思想を僭するような危険な地位
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