むらい》にも行けなかったが。……それもこれも婚家《うち》の事情で。……旦那様のご病気のために。……それで菊弥や、妾の所へ来たのだねえ」
「はい、お姉様、そうなのでございます。……お母様が臨終に仰せられました。『お父様は三年前に逝去り、その後ずっと、お篠からの貢ぎで、人並に生活《くらし》て来たわたし達ではあるが、妾が、この世を去っては、年齢《とし》はゆかず、手頼りになる親戚のないお前、江戸住居はむずかしかろう。だからお姉様の許へ行って……』と。……」
「よくおいでだった。そういう書信《たより》が、お前のところから来て以来、どんなに妾は、お前のおいでるのを待っていたことか。……安心おし、安心して何時までもここにお居で。この姉さんが世話《み》てあげます。子供のない妾、お前さんを養子にして、納谷の跡目を継いで貰いましょうよ」
「お姉様、ありがとうございます。万事よろしくお願い申します」
菊弥は、はじめてホッとした。
彼は、この部屋へ入って来るや、代首にしろ、首級《くび》を洗っている、妖怪じみた姉を見て、まず胆を潰し、ついで、納谷家の古事《ふるごと》や、当代の主人の不幸の話や、そのようなこと
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