ばかりを云って、こちらの身の上のことなど、一向に訊いてもくれない姉の様子に接し、うすら寂しく、悲しく思っていたのであったが、ようやく姉らしい優しい言葉や、親切の態度に触れたので、ホッとしたのであった。
 犬ともつかず、何の獣の啼声とも知れない啼声が、戸外《そと》から鋭く聞こえてきた。昼でもこの辺りでは啼くという、※[#「鼬」の「由」に代えて「吾」、第4水準2−94−68]《むささび》の声であった。
 部屋の中は、寒い迄に静かであった。首を洗うお篠の手に弾かれて、盥の中の水が、幽かに音を立てている。音はといえばそればかりであった。
「お前もほんとうに可哀そうだったねえ」としみじみとした声でお篠は云った。
「お父様やお母様の書信《おたより》で聞いたのだが、いわばお前は、不具《かたわ》者のようにされて育てられて来たのだってねえ。……でもここへ来たからには大丈夫だよ。もうそのような固苦しいみなり[#「みなり」に傍点]などしていなくてもよいのだよ」
「はいお姉様、ありがとう存じます」
「おや」と不意にお篠は左右を見廻した。
「首がない! 妾の首が!」
「お姉様」と菊弥は驚き、
「いいえ首は……お
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