を雄之進様には、どんなに可愛がって下されたことか! 恐ろしいご病気になられてからも、どんなに妾を可愛がって下されたことか! でもご病気になられてからの可愛がり方は、手荒くおなりなさいましたけれど。……そう、こう髪を銜《くわ》えてお振りなどしてねえ」
 云い云いお篠は、代首の髻《もとどり》を口に銜え、左右へ揺すった。鉄漿《かね》をつけた歯に代首を銜えたお篠の顔は、――髪の加減で額は三角形に見え、削けた頬は溝を作り、見開らかれた両眼は炭のように黒く、眉蓬々として鼻尖り、妖怪《もののけ》のようでもあれば狂女のようでもあり、その顔の下に垂れている男の首は、代首《かえくび》などとは思われず、妖怪によって食い千切られた、本当の男の生首のようであった。
「お姉様! 恐うございます恐うございます!」
「いいえ」と云った時には、もう首は盥《たらい》の中に置かれ、お篠は俯向いて、鬱金の巾を使っていた。

襖の間に立った男
「菊弥や」とやがてお篠は云った。
「とうとうお母様もお逝去《なくな》りなされたってねえ」
「はい」と菊弥は眼をしばたたいた。
「先々月おなくなりなさいましてございます」
「妾はお葬式《と
前へ 次へ
全30ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング