狩があるのだとすると、これは確に寒い筈だ。ところで諏訪も同じである。矢張り木曽ぐらい寒いのである。
侍は婆さんへ話しかけた。
「話はないかな? 面白い話は?」
「へえへえ」
と云ったが茶店の婆さん、相手があまり立派なので、先刻からすっかり萎縮して了って、ロクに返事も出来ないのであった。
「へいへいさようでございますな。……これと云って変った話も……」
「無いことはあるまい。ある筈だ。……それ評判の鵞湖仙人の話……」
こう云った時、手近の所で、ドボーンという水音がした。
侍は其方へ眼をやった。
と、眼下の湖水の中に、老人が一人立泳ぎをしていた。
寒い季節の水泳! まあこれは[#「これは」に傍点]可いとしても、その老人が打ち見た所、八十か九十か見当が付かない。そんな老齢な老人が、泳いでいるに至っては、鳥渡びっくりせざるを得ない。
「信州人は我慢強いというが、いや何うも実に偉いものだ」
侍は感心してじっと見入った。
ところが老人の泳ぎ方であるが、洵《まこと》に奇態なものであった。
水府流にしても小堀流にしても、一伝流にしても大和流にしても、立泳ぎといえば大方は、乳から上を出
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