寝台の側へ置いて、僕と宋思芳とが寝台の上で、再度の陶酔に耽ったことを――再度というのは宋思芳と、先刻の支那美人とが文字通り、同一人だからそういうのだが――友よ、咎めてくれたもうな。こんなことは青幇《チンパン》に嘱している、僕という人間には普通のことだし、又、紅幇《ホンパン》に嘱している、宋思芳にとっても茶飯事なのだからね。
 今日も例の鴉片窟「金華酔楼」で恋人同士として、僕は彼女――彼と云ってもいい。彼女は今日も男装であり、男装の方が似合うのだから。――その宋思芳と逢って来た。鴉片を喫って恍惚として、無我の境地で抱擁し合う、この極度の快感は、日本にいる誰も知らないだろうよ。
 だが彼は――いやいや彼女は……そうだやっぱり僕としては、彼女と云った方がいいようだ。で、彼女は、何者なのか? 事実彼女はその昔は、良家の娘だったということだ。が、今はこの国における、二つの大きな秘密結社――殺人、人買い、掠奪、密輸入、あらゆる悪行をやりながら、不断の貧民の味方として、かつ貧民の防禦団体として、根本においては祖国愛主義の、青幇《チンパン》、紅幇《ホンパン》という秘密結社の、その紅幇に嘱している、女班の利者《きけもの》の一人なのだ。
 そうして僕は青幇会員で、この会員であるがために、生活することが出来ているのだよ。
 今日彼女は僕に云ったっけ。――
「妾《わたし》、グレーとエリオットとの二人へ、女装をしたり男装をしたりして、自由に体を任かせたのも、紅幇の頭から命ぜられたのではなく、自分から進んでやったのよ。そうやって二人をだいなし[#「だいなし」に傍点]にして、殺してやろうと思ったからだわ。でもとうとうエリオットの方は、妾から鴉片を進めたのに乗って、鴉片を喫い出したので頭を悪くし、昔のあいつ[#「あいつ」に傍点]じゃアなくなったし、グレーの方はあんな具合に、貴郎《あなた》に殺して貰ったし、妾の目的は遂げられたってものよ。……これじゃアなかなか鎮江は、英軍の手には落ちないわね。……二人の大将が駄目になったんですもの」
「それにしてもどうしてグレーって男が、あんな所へやって来たんだい?」
「妾からやっぱり、呼んだからよ。例の厠の紙を使って。好奇《ものずき》にあいつ[#「あいつ」に傍点]やって来たのさ。毛唐って奴、好色だからねえ……ところが現われた女ってのが、自分だけの情婦だと自惚れていた、妾だったので嫉妬して、私の咽喉を締めたんだわ」
「じゃア僕を招《よ》んだのは、グレーの奴を殺させるため、……ただ、それだけのためだったんだね」
「それもあったわ、でももう一つ、妾あんたが好きだったからよ」
 ――それなら可《い》いと僕は思ったよ。
 友よ、これでお終《しま》いだ。
 古人《こじん》燭をとって夜遊ぶさ。今人《こんじん》の僕はこんな遊びをしている。あくどい[#「あくどい」に傍点]、刺戟の強い、殺人淫楽的の遊びを!
 しかもそれが生活でもあるのさ。
 さようなら、さよなら。



底本:「国枝史郎伝奇全集 巻六」未知谷
   1993(平成5)年9月30日初版発行
初出:「オール読物」
   1931(昭和6)年12月
入力:阿和泉拓
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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