》に小奴となった。
 ある日牛を追って堂前を通った。
 県令の夫人が欄干に倚《よ》り、四方《あたり》の景色を眺めていた。
 穢らしい子供が、穢らしい牛を、臆面もなく追って行くのが、彼女の審美性を傷付けたらしい。
「無作法ではないか、外《よそ》をお廻り」
 すると李白は声に応じて賦《ふ》した。
「素面|欄鉤《らんこう》ニ倚リ、嬌声|外頭《がいとう》ニ出ヅ、若シ是織女ニ非ズンバ、何ゾ必シモ牽牛ヲ問ハン」
 これに驚いたのは夫人でなくて、その良人《おっと》の県令であった。
 早速引き上げて小姓とした。そうして硯席に侍《はべ》らせた。
 ある夜素晴らしい山火事があった。
「野火山ヲ焼クノ後、人帰レドモ火帰ラズ」
 県令は苦心してここまで作った。後を附けることが出来なかった。
「おい、お前附けてみろ」
 県令は李白へこう云った。
 十歳の李白は声に応じて云った。
「焔ハ紅日《こうじつ》ニ隨ツテ遠ク、煙ハ暮雲ヲ逐《お》ツテ飛ブ」
 県令は苦々しい顔をした。それは自分よりも旨いからであった。
 五歳にして六甲を誦し、八歳にして詩書に通じ、百家を観たという寧馨児《ねいけいじ》であった。田舎役人の県知事
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