杉は貴郎《あなた》を忘れはしません。妾は喜こんで貴郎のために、かつえ死に[#「かつえ死に」に傍点]するつもりでございます。思う心を貫いて、自分で死ぬという事は、何という嬉しいことでしょう。……」
 蔵の外では夜が明けた。しかし蔵の中は夜であった。蔵の外では日が暮れた。蔵の中には変化がない。こうして時が経って行った。
 お杉の心は朦朧となった。
 ほとんど餓《うえ》が極まった。
 その時突然お杉が云った。
「妾には解《わか》る、貴男《あなた》のお姿が! おお直ぐそこにお在《い》でなさる。……ああ直ぐにも手が届きそうだ。……左様ならよ、三之丞様! 妾は死んで参ります。……妾は信じて疑いません。こんなに焦れている私達、一緒になれないでどうしましょう。美しい黄泉《あのよ》で、魂と魂と……」
 お杉は脇息にもたれたまま、さも美しく闇の中で死んだ。
 それは力石三之丞が、鬼小僧と邂逅した同じ夜の、同じ時刻のことであった。


10[#「10」は縦中横]
 一方|吾妻橋《あずまばし》橋畔の、三之丞と鬼小僧とはどうしたろう?
 三之丞は地の上へ坐っていた。
 鬼小僧は上から覗き込んでいた。
 と、突然
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