へ入りたいと云う。……一体どうしたものだろう?
「しかし大奥へ入ってから、密夫をこしらえたというのではない。決して不義とは云われない。思い切ってくれ、その男を。……かつえ蔵へは入れることは出来ない」
 将軍の威厳も振り棄てて、こう家斉は頼むように云った。
「思い詰めておるのでございます。昔も、今も、将来《これから》も。……」
 これがお杉の返辞であった。
 もうこうなっては仕方がなかった。かつえ蔵[#「かつえ蔵」に傍点]へ入れなければならなかった。
 江戸城の奥庭林の中に、一宇の蔵が立っていた。黒塗りの壁に鉄の扉、餓鬼地獄のかつえ蔵[#「かつえ蔵」に傍点]であった。
 ある夜ギイーとその戸が開いた。誰か蔵へ入れられたらしい。他ならぬお杉の局であった。と、ドーンと戸が閉じた。蔵の中は暗かった。
 燈火《ともしび》一つ点《とも》されていない。それこそ文字通りの闇であった。一枚の円座と一脚の脇息、あるものと云えばそれだけであった。
 お杉は円座へ端座した。
 恋人|力石三之丞《りきいしさんのじょう》、その人のことばかり思い詰めた。
「三之丞様」と心の中で云った。
「どうぞご安心下さいまし。お
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