ら、美しい女に恋されもしまい。気の毒だな、同情する。俺はそういう人間へ、充分同情の出来る者だ。恋などするな、恋は苦しい。……さあ遠慮なく金を取れ。そうして酒でも飲んでくれ」
「馬鹿にするない! 乞食じゃアねえ」
鬼小僧はすっかり怒ってしまった。
「だが、おかしな侍だなあ。どう考えてもおかしな野郎だ。ははあ失恋で気がふれたな。……せっかくの好意だが受けられねえ」
「そう云わず取ってくれ。俺はそういう人間なのだ。女連れと見ると斬りたくなる。若い男が一人通ると、俺は金をやりたくなる」
これを聞くと鬼小僧は、後ろへピョンと飛び退いた。
「それじゃア手前は『夫婦《めおと》斬り』だな! こいつア可《い》い所で邂逅《ぶつか》った。逢いてえ逢いてえと思っていたのだ。ヤイ侍よく聞きねえ。俺はな、今から十日前まで、紙鳶堂先生のお側《そば》に仕え、形学の奥義を究めていたものだ。印可となってお側を去り、これから長崎へ行くところだ。そこでもっと[#「もっと」に傍点]修行するのよ。ところで久しぶりで市《まち》へ出てみると、夫婦斬り噂で大騒ぎだ。そこで俺は決心したのだ。よくよくそういう無慈悲の奴は、俺の形学で退
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