なった。ろくろく物さえ云わなくなった。そうして万事に意地悪くなり、思う所を通そうとした。
三之丞は次第に兇暴になった。
恐ろしいことが起こらなければよいが!
それは夕立の雨後の月が、傾きかけている深夜であった。新吉原の土手八丁、そこを二人の若い男女が、手を引き合って走っていた。
と、行手から編笠姿、懐手《ふところで》をした侍が、俯向きながら歩いて来た。擦れ違った一刹那、
「待て!」と侍は忍び音に呼んだ。
「ひえッ」と云うと男女の者は、泥濘《ぬかるみ》へペタペタと膝をついた。
「どうぞお見遁し下さいまし」
こう云ったのは男であった。見れば女は手を合わせていた。
じっと見下ろした侍は、
「これ、其方《そち》達は駈落だな」
こう云いながらジリリと寄った。陰森たる声であった。一味の殺気が籠もっていた。
「は、はい、深い事情があって」
男の声は顫《ふる》えていた。
「うむ、そうか、駈落か。……楽しいだろうな。嬉しいだろう」
それは狂気染みた声であった。
「…………」
二人ながら返辞が出来なかった。
「そうか、駈落か」とまた云った。
「うらやましいな。……駈落か、……よし、行
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