男なりが気に食わねえ。まるで毒草の花のようだ。よこしまなもの[#「よこしまなもの」に傍点]を持っている。ひょっとするとレコじゃないかな? これまでただの一度でも狂ったことのねえ眼力だ。この眼力に間違いなくば、彼奴《きゃつ》はただの鼠じゃねえ。巻物をくわえてドロドロとすっぽんからせり上がる溝鼠《どぶねずみ》だ」
腕を組んで考え込んだ。
剽軽者で名の通っている、女中頭のお杉というのが、夕飯の給仕に来た時である、彼は何気なくたずねて見た。
「下でお見掛けしたんだが、剣酸漿《けんかたばみ》の紋服を召した、綺麗な綺麗なお侍様が、泊まっておいでのご様子だね」「そのお方なら松の間の富士甚内様でございましょう」「おお富士様とおっしゃるか。稀《まれ》に見るご綺麗なお方だな。男が見てさえボッとする」「ほんとにお綺麗でございますね」「店の女郎《こども》達は大騒ぎだろうね」「へえ、わけてもお北さんがね」「ナニお北さん? 板頭《いたがしら》のかえ?」「へえ、板頭のお北さんで」「噂に聞けばお北さんは、馬子でこそあれ追分の名人、甚三という若者と、深い仲だということだが」「へえ、そうなのでございますよ」「可哀そう
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