んな大屋台ではございません。いえもうほんの行商人で」「それにしては品がいいな」「これはどうも恐れ入りました」「屋号ぐらいは持っているだろう?」「へい、千三屋と申します」「ナニ千三屋? ばかを申せ。そんな屋号があるものか」「アッハハハハ、さようでございますかな、いえ私どもの商売と来ては、口から出任せにしゃべり廻し、千に三つの実《じつ》があれば、結構の方でございます。それそこで千三屋」「たとえ千三屋であろうとも、自分から好んでふいちょうするとは、とんとたわけた男だの」「そこは正直でございましてな。お気に召さずば道中師屋、胡麻《ごま》の蠅屋《はいや》大泥棒屋、放火屋とでもご随意に、おつけなすってくださいまし」「いよいよもって呆れたな。口の軽い男だわい。その口前《くちまえ》で女子をたらし、面白い目にも逢ったであろうな」「これはとんだ寃罪《えんざい》で、その方は不得手でございますよ。第一|生物《なまもの》は断っております」「そのいいわけちと暗いな」「ええ暗うございますって?」「あきゅうど[#「あきゅうど」に傍点]に不似合いな頬の傷、女出入りで受けたのでもあろう」
 すると商人は笑い出したが、「あ
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