ゅうど》はうしろで襖を立て擦り膝をして、はいって来た。四十がらみの小男ではあるが、鋭い眼付き高い鼻、緊張《ひきし》まった薄い唇など、江戸っ子らしい顔立ちで、左の頬に幽《かす》かではあるが、切り傷らしいものがつたる。敏捷らしい四肢五体、どこか猟犬を思わせた。藍縦縞《あいたてじま》の結城紬《ゆうきつむぎ》[#「結城紬」は底本では「結城袖」]の、仕立てのよいのをピチリと着け、帯は巾狭の一重|博多《はかた》、水牛の筒に珊瑚の根締め、わに革の煙草入れを腰に差し、微笑を含んで話す様子が、途方もなくいき[#「いき」に傍点]であった。
こういう場合の通例として身もと調べから話がはずみ、さてそれから商売の方へ、話柄《わへい》が開展するものである。
「町人、お前は江戸っ子だな」造酒がまずこうきいた。
「へい、江戸っ子の端くれで、へ、へ、へ、へ」と世辞笑いをしたがそれが一向卑しくない。
「いったい何をあきなっているな?」
「へい、呉服商でございます」「女子《おなご》に喜ばれる商売だな」「その代り殿方にはいけません」「そう両方いい事はない。江戸はどこだ? 日本橋辺かな?」「なかなかもって、どう致しまして。そ
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