周作で、甚内を屋敷へ引き取るや、今後の方針を訊ねてみた。
「追分へ帰りとう存じます。故郷はよい所でございます。兄の墓場もございますし、妹お霜も同じ土地へ、葬ってやりとう存じます。そうして私は追分で、兄の代りに馬を追い、馬子で暮らしとう存じます」
これが甚内の意志であった。
そこで周作もそれに同じ、諸方から集まった同情金へ、さらに周作が金を足し、門弟達にも餞別を出させ、三百両の大金とし、これを甚内へ送ることにした。
江戸で需《もと》めた馬の前輪《まえわ》へ、妹お霜の骨をつけ、
[#ここから5字下げ]
信州出た時ゃ涙で出たが
今じゃ信州の風もいや
[#ここで字下げ終わり]
それとは反対の心持ち――その信州の風を慕い、江戸を立ってふるさとの、追分宿へ向かったのは、それから一月の後であった。
こうして江戸の人々は、信州本場の追分を、永久聞くことが出来なくなったが、その代り恐ろしい辻斬りからは、首尾よく遁《の》がれることが出来た。で、私の物語りも、この辺で幕を下ろすことにしよう。
底本:「名人地獄」国枝史郎伝奇文庫7、講談社
1976(昭和51)年5月20日第1刷発行
初出
前へ
次へ
全324ページ中323ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング