生がおいでなされた今は、一刻も急がなければなりませんので。で今船は根拠地へ向けて、走っているのでございますよ。それだのに旦那をお送りして、うっかり小船を陸へでも着け、もし役人にでも感づかれたら、それからそれと足がつき、一網打尽に私達は、召し捕られないものでもありません。大事な瀬戸際なのでございますよ。ですからどうもこればかりは、おひきうけすることはできませんなあ」「だが俺はどうしても、赤格子攻めのその前に、九郎右衛門に行き会わなかったら、頼まれたお方に申し訳が立たぬ。ぜひとも小船を仕立ててくれ」「残念ながらそればかりは……」「では、どうしても駄目なのだな」「どうぞお察しを願います」「ううむ」と唸ると平八は、絶望したように腕を組んだ。と、この時甲板の方から陽気な笑い声がドッと起こった。秋山要介を賓客《ひんきゃく》とし、森田屋の手下の海賊どもが、酒宴をひらいているのであった。
ここは梵字丸の甲板であった。
十七日あまりの冴えた月が、船をも海をもてらしていた。船はしんしんとはしっていた。根拠地をさしてはしっているのだ。
大杯で酒をあおりながら、談論風発しているのが、他ならぬ秋山要介で
前へ
次へ
全324ページ中273ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング