を切られたんだもの、悪い役ったらありゃしない」
「あんまり来ようが遅いので、心配をして迎えに出たら、アッハハハ、あの活劇さ」
「助けにも来ず、薄情者! 思い出すと腹が立つよ」
「そっと仕舞《しま》って置くことさな。だが全くあの時は、見ていた俺さえ冷汗《ひやあせ》をかいた」
「今こそ笑って話すけれど、あの時|妾《わたし》は殺されるかと思った」
「だがな、あんな時俺が出たら、騒ぎは大きくなるばかりさ。そこでゆっくり拝見し駕籠が来たので付き添って、茶屋へ行ってからは思う存分、可愛がってやったからいいじゃねえか」
「だがね」と米八は探るように、「どうしてお前さんはあの鼓を、そうまで苦心して欲しがったのだろう?」
「なに、そんなことはどうでもいい」
次郎吉はヒョイと横を向いた。
「妾ア気がかりでならないんだよ」
「ふふん」というと舌なめずりをした。
「そうかと思うと今年の夏中、フイと姿を消したりしてさ」
「旅へ行ったのさ、信州の方へな」
「その旅から帰ったかと思うと、例の鼓を持っているんだもの」
「ナーニ、そいつあ観世さんから、相談ずくで譲って貰ったのさ」
「そりゃあそうだろうとは思うけれど、
前へ
次へ
全324ページ中241ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング