、彼の唄の節たるや、兄甚三そっくりであった。ちょうど甚三その人が、甚内の腹にでも宿っていて、その甚三の唄う唄が、甚内の口から出るのではないかと、こう疑われるほどであった。で、誰か追分宿あたりで、甚三のうたう追分を聞き、さらに大江戸を流して歩く、甚内の追分を耳にしたとしたら、その差別に苦しんで、恐らくこういうに違いない。
「いやいやあれは甚三の唄だ。もし甚三が死んでいるとすれば、甚三その人の亡魂の唄だ」
とまれ甚内は追分を唄って、江戸市中をさまよった。しかし敵の手がかりはない。そこでまた彼は考えた。
「油屋お北は知っている。だが肝腎の富士甚内を、俺は一度も見たことがない。彼奴《きゃつ》について聞き知ってることは、非常な美男だということと、着物につけた定紋が、剣酸漿《けんかたばみ》だということだけだ。これではよしや逢ったところで、彼奴《きゃつ》が紋服を着ていない限りは、敵だと知ることが出来ないだろう。これはどうも困ったことだ」
これは実際彼にとって、何よりも辛い事柄であった。しかしとうとう考えついた。
「うん、そうだ、いいことがある。唖者《おし》ではあるが、妹のお霜は、富士甚内を見知っ
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