ほどの人物も、お艶の美しさには勝てなかった。近代的の人間だけに、お艶のような変り種には、一層心を引き付けられた。強烈な刺戟、爛《ただ》れた美、苦痛にともなう陶酔的快楽! そういう物にあこがれる彼には、お艶のような妖婦型の女は、何よりも好もしい相手であった。
 で、彼は文字通り、恋の奴隷となり下がってしまった。
 やがて初冬がおとずれて来た。岸に打つ浪が音を高め、沖から吹いて来る潮風が、肌を刺すように寒くなった。銚子港の寂れる季節が、だんだん近寄って来たのであった。
 敵は襲って来なかった。で別荘は平和であった。無為《むい》の日がドンドンたって行った。
 とはいえその間怪しいことが、全然なかったとはいわれなかった。ある朝、どこから投げ込んだものか、一通の手紙が東側の、出邸の畔《ほとり》に落ちていた。書かれた文字は簡単で、「図面を渡せ」とあるばかりであった。でもちろん銀之丞には、なんのことだかわからなかった。だがしかし九郎右衛門には、恐らくその意味がわかったのであろう、さっとばかりに顔色を変えた。それから数日たった時、またも手紙が投げ込まれた。「鍵を渡せ」というのであった。
「いよいよ敵が
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