しきへ戻ろうと、彼はここまで来たのであった。その時やにわにうしろから、ドンとぶつかったものがあった。
「これ何んとか挨拶をせい。黙っているとは不都合な奴だ」
 いいいい四辺《あたり》を見廻した。するとどこにも人影がない。
「あっ」と銀之丞は飽気《あっけ》に取られた。
「これは不思議、誰もいない」
 気がついて自分の手もとを見た。そこでまた彼は「あっ」といった。空身であった彼の手が、変な物を持っていた。
「なんだこれは?」とすかして見たが、三度彼は「あっ」といった。今度こそ本当の驚きであった。彼の持っている変な物こそ、ほかでもない鼓であった。それも尋常な鼓ではない。かつて追分で盗まれた、家宝少納言の鼓であった。
「むう」思わず唸ったが、そのままじっと考え込んだ。
 と、また人の足音がした。ハッと思って振り返った眼前《めさき》へ、ツト現われた老武士があった。
「卒爾《そつじ》ながらおたずね致す」
「何んでござるな、ご用かな?」場合が場合なので銀之丞は、身構えをしてきき返した。
「只今ここへ怪しい人間、確かに逃げ込み参った筈、貴殿にはお見掛けなされぬかな?」
「見掛けませぬな。とんと見掛けぬ
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