いった方が、かえって当を得るようだ。美術的高い鼻、強い意志を現わした、固く結ばれた大きな口……顔全体に威厳があった。着ている衣裳も美術的であった。しかしそれは日本服ではなく、阿蘭陀風《オランダふう》の服であった。それも船員の服らしく、袖口と襟とに見るも瞬《まば》ゆい、金モールの飾りがついていた。手には変った特色もない。ただ手首がいかにも太く、そうして指がいかにも長く、船頭の手などに見るような、握力の強そうな手であった。さて最後に足であるが、足は最も特色的であった。というのは右の足が、膝の関節《つけね》からなくなっているので、つまり気の毒な跛足《びっこ》なのであった。でズボンも右の分は、左の分よりは短かかった。
彼は長椅子に腰かけていた。その長椅子も日本の物ではなく、やはりオランダかイスパニヤか、その辺の物に相違なかった。長椅子には毛皮がかけられていた。それは見事な虎の皮で、玻璃製《はりせい》の義眼が燈火に反射し、キラキラ光る有様は、生ける虎の眼そっくりであった。毛皮の上には短銃があった。それとて日本の種子ヶ島ではなく、やはり舶来の品らしかった。
部屋はかなり広かった。そうして老人を囲繞《いにょう》して、珍奇な器具類が飾られてあった。縅《おどし》の糸のやや古びた、源平時代の鎧甲《よろいかぶと》、宝石をちりばめた印度風《インドふう》の太刀、磨ぎ澄ました偃月刀《えんげつとう》、南洋産らしい鸚鵡《おうむ》の剥製、どこかの国の国王が、冠っていたらしい黄金の冠、黒檀の机、紫檀の台、奈良朝時代の雅楽衣裳、同じく太鼓、同じく笛、大飛出《おおとびで》、小飛出、般若《はんにゃ》、俊寛《しゅんかん》、少将、釈迦などの能の面、黄龍を刺繍《ぬい》した清国の国旗、牧溪《ぼくけい》筆らしい放馬の軸、応挙筆らしい大瀑布の屏風、高麗焼きの大花瓶、ゴブラン織の大絨毯、長い象牙に豺《さい》の角、孔雀《くじゃく》の羽根に白熊の毛皮、異国の貨幣を一杯に充たした、漆塗りの長方形の箱、宝石を充たした銀製の箱、さまざまの形の古代仏像、青銅製の大香炉、香を充たした香木の箱、南蛮人の丸木船模型、羅針盤と航海図、この頃珍らしい銀の時計、忍び用の龕燈提灯《がんどうぢょうちん》、忍術用の黒小袖、真鍮製《しんちゅうせい》の大砲模型、籠に入れられた麝香猫《じゃこうねこ》、エジプト産の人間の木乃伊《みいら》、薬を入れた大小|黄袋《きぶくろ》、玻璃に載せられた朝鮮人参、オランダ文字の異国の書籍、水盤に入れられた真紅の小魚……もちろんいちいちそれらの物が、一巡見渡した銀之丞の眼に、理解されて映ったのではなかったけれど、しかし決して夢ではなく、まさしく「実在」として映ったのであった。
奇妙な老人の奇妙な話
「いったいこの部屋は何んだろう? この老人は何者だろう?」銀之丞は茫然と、驚き呆れて佇んでいた。
と、老人が声をかけた。
「待っていたのだ。よく来てくれた。ところでお前は本人かな? それともお前は代理かな?」
いうまでもなくこの言葉は、銀之丞にはわからなかった。すると老人がまたいった。
「本人なら市之丞と呼ぼう。もし代理なら別の名で呼ぼう。黙っていてはわからない」
「いや」と銀之丞はようやくいった。「市之丞ではございません。そんな者ではございません。……」
「ふん、それなら代理だな。それは困った。代理は困る」
「全然話が違います。……刎ね橋が下ろされてありましたので……」
「そうさ、お前を迎えるために、わざわざ下ろして置いたのだ」
「いえ、それに小門の戸も……」
「いうまでもない、開けて置いたよ。それは最初からの約束だからな」
「……それでうかうか参りましたので」
「ナニうかうか? 不用心な奴だ」
「と、いいますのもその不用心を、ご注意しようと存じましてな。……」
「うん、それがいい、お互いにな。不用心は禁物だ。……で、お前は代理なのだな? やむを得ない、我慢しよう。……で、お前の名は何んというな?」
「さよう、拙者は銀之丞……」
「ナニ銀之丞? よく似た名だな。市之丞代理銀之丞か。なるほど、これは代理らしい。よろしい、話を進めよう」
「しばらく、しばらく。お待ちください!」
「えい、あわてるな! 臆病者め! ははあ、お前は恐れているな。いやそれなら大丈夫だ。家族の者は遠避けてある。そこで話を進めよう。だがその前にいうことがある、なぜお前達は俺を嚇した! あんな手紙を何故よこした! 何故この俺を強迫した!」
「俺は知らない!」と銀之丞は、とうとう怒って怒鳴りつけた。「人違いだよ、人違いなのだ」
「ナニ人違いだ? 莫迦をいえ! 今さら何んだ! 卑怯な奴だ! だがマアそれは過ぎ去ったことだ。蒸し返しても仕方がない。しかし俺はいっとくがな、以後強迫は一切止めろ! そんな事には驚か
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