でも立てたように、二人はじっと静まっていた。双方無駄な掛け声さえしない。しない[#「しない」に傍点]の先さえ動かない。息使いさえ聞こえない。
根気比べだと決心して、さて立ち上がった平手造酒は、水ももらさぬ構えをつけ、相手の様子を窺ったが、さっき銀之丞が感じたようなものを、やはり感ぜざるを得なかった。かつてこれまで経験したことのない、殺気といおうか圧力といおうか、ゾッとするような凄い力が、相手の体全体から、脈々として逼って来た。……「不思議だな」と彼は思った。「何んだろういったいこの力は? いったい何から来るのだろう?」……どうもはっきりわからない。わからないだけに気味が悪い。で、なお造酒は考えた。
「あいつはまるであけっぱなしだ。全身まるで隙だらけだ。それでいてやっぱり打ち込めない。不可解な力が邪魔をするからだ。それに反してこのおれは、あらゆる神経を働かせ、あらゆる万全の策を取り、全力的に構えている。おれの方が歩が悪い。おれの方が早く疲労《つかれ》る。おれの方が根負けする」
こう思って来て平手造酒は、動揺せざるを得なかった。「あぶない!」と彼はその突嗟《とっさ》、自分の心を緊張《ひきし》めた。「考えてはいけない考えてはいけない。無念無想、一念透徹、やっつけるより仕方がない」
で彼は自分の構えを、一層益※[#二の字点、1−2−22]かたくした。場内|寂然《せきぜん》と声もない。
窓からさし込む陽の光さえ、思いなしか暗く見えた。
こうして時が過ぎて行った。
造酒にとってはその「時」が、非常に長く思われた。それが彼には苦痛であった。「打ち込んで行くか、打ち込まれるか、どうかしなければいたたまれない。とてもこのままでは持ち耐《こた》えられない……といって向こうからは打ち込んでは来まい。ではこっちから打ち込まなければならぬ」
で造酒は構えたまま、ジリッと一足前へ出た。そうしてしばらく持ち耐えた。そうして相手の様子を見た。しかるに相手は動かない。凝然として同じ位置に、同じ姿勢で突ったっていた。これが常道の剣道なら、一方が進めば一方が退き、さらに盛り返し押し返すか、出合い頭を打って来るか、ないしはズルズルと押しに押され、つめに詰められて取りひしがれるか、この三つに帰着するのであるが、そこは変態の剣道であった。一足ジリリと詰め寄せられても、田舎者は微動さえしない。そこ
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