は若い女……」

    「玻璃窓」平八の科学的探偵

「そうして残ったもう一人は?」一閑斎が側《そば》から聞いた。
「その一人が私《わし》の苦手だ」
「ええお前様の苦手とは?」
「……どうも、こいつは驚いたなあ。……」平八はなおも考え込んだ。
「それじゃもしや鼠小僧が?」
「なに。……いやいや。……まずさよう。……が、一層こういった方がいい。鼠小僧に相違ないと、かつて私《わし》が目星をつけ、あべこべに煮《に》え湯《ゆ》を呑ませられた、ある人間の足跡が、ここにはっきりついているとな。――とにかく順を追って話して見よう。第一番にこの足跡だ。わらじの先から裸指《はだかゆび》が、五本ニョッキリ出ていたと見えて、その指跡がついている。この雪降りに素足《すあし》にわらじ、百姓でなければ人足だ。それがずっと両国の方から、二つずつ四つ規則正しい、隔たりを持ってついている。先に立った足跡は、つま先よりもかがとの方が、深く雪へ踏ん込んでいる。これはかがとへ力を入れた証拠だ。背後《うしろ》の足跡はこれと反対に、つま先が深く雪へはいっている。これはつま先へ力を入れた証拠だ。ところで駕籠舁《かごか》きという者は、先棒担《さきぼうかつ》ぎはきっと反《そ》る。反って中心を取ろうとする。自然かがとへ力がはいる。しかるに後棒《あとぼう》はこれと反対に、前へ前へと身を屈《かが》める。そうやって先棒を押しやろうとする、だからつま先へ力がはいる。でこの四つの足跡は、駕籠舁きの足跡に相違ない。ところで駕籠舁きのその足跡は、ここまでやって来て消えている。……と思うのは間違いで、河に向かった土手の腹に、非常に乱暴についている。これは何物かに驚いて、かごを雪の上へほうり出したまま、そっちへあわてて逃げたがためで、長方形のかご底の跡が、雪へはっきりついている」
 こういいながら雪の積もった、堤の一|所《ところ》を指差した。かご底の跡がついていた。
「こっちへ」といいながら平八は、堤を横切って向こう側《がわ》へ行ったが、「何んと一閑老土手の腹に、乱暴な足跡がついていましょうがな?」
「いかにも足跡がついています。おおそうしてあの跡は?」一閑斎は指差した。その指先の向かった所に、雪に人形《ひとがた》が印《いん》せられていた。
「恐《こわ》い物見たさで駕籠舁きども、あそこへピッタリ体《からだ》を寝かせ、鎌首ばかりを堤か
前へ 次へ
全162ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング