ら出して、兇行を窺《うかが》っていたのでござるよ。で、人形がついたのでござる」
「何がいったい出たのでござるな?」「白刃をさげた逞《たくま》しい武辺者」「そうしてどこから出たのでござろう?」「あの桜の古木の蔭《かげ》から」
 こういいながら平八は、再び堤を横切って、元いた方へ引き返したが、巨大な一本の桜の古木が、雪を鎧《よろ》って立っている根もとへ、一閑斎を案内した。「ご覧なされ桜の根もとに、別の足跡がございましょうがな」「さよう、たしかにありますな」「すなわち武辺者が先廻りをして、待ち伏せしていた証拠でござる」
「何、待ち伏せ? 先廻りとな? さような事まで分《わか》りますかな?」「何んでもない事、すぐに分ります」平八は提灯を差し出したが、「両国の方からこの根もとまで、堤の端を歩くようにして、人の足跡が大股に、一筋ついておりましょうがな。これは大急ぎで走って来たからでござる。堤の真ん中を歩かずに、端ばかり選んで歩いたというのは、心に蟠《わだかまり》があったからで、他人に見られるのを恐れる人は、定《きま》ってこういう態度を執《と》ります。さて、しかるにその足跡たるや、一刻《しばらく》もやまない粉雪《こゆき》のために、薄く蔽《おお》われておりますが、これがきわめて大切な点で、ほかの無数の足跡と比べて蔽われ方が著しゅうござる。つまりそれはその足跡が、どの足跡よりも古いという証拠だ。すなわち足跡の主人公は、駕籠より先に堤を通り、駕籠の来るのを木の蔭で、待っていたことになりましょうがな」「いかにもこれはごもっとも。そしてそれからどうしましたな?」一閑斎は熱心に訊いた。
「まず提灯を切り落としました」「それは私《わし》にもうなずかれる。提灯の消えたのは私も見た」

    横歩きの不思議な足跡?

「それから駕籠へ近寄りました。その証拠には同じ足跡が、これこのように桜の木蔭から、駕籠の捨ててあった所まで、続いているではござらぬかな」「なるほどなるほど続いておりますな。そうしてそれからどうしましたな?」「駕籠から女を引き出しました」「さっき聞こえたは女の悲鳴、これはいかさまごもっとも。駕籠にいたのは女でござろう」「いやそればかりではございません。女の証拠はこれでござる」
 平八は雪の上を指差した。たびをはいた華奢《きゃしゃ》な足跡が、幾個《いくつ》か点々とついていた。
「ははあ
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