一族ではないか」
「ああまずそういったところだな」
「観世宗家と来た日には、五流を通じて第一の家柄、楽頭職《がくとうしょく》として大したものだ。柳営お扱いも丁重だ」
襖を開けた商人客
「なんだつまらない、それがどうしたえ」
「聞けば貴公のご親父《しんぷ》は、宗家当主の兄君だそうだが?」
「ああそうさ、それがどうしたな」
「宗家と貴公とは伯父甥ではないか」「うん、そうだ、伯父甥だよ」「宗家は病身だということだが」「まず余り永くはないな」「そこで貴公を養子として、楽頭職《がくとうしょく》を継がせるというのが、世間もっぱらの評判だ」「世間は案外物識りだな。ああいかにもその通りだよ」
「とすると貴公は観世家にとっては、大事な大事な公達《きんだち》ではないか」
「……公達にきつね化けけり宵の春か……やはり蕪村はうまいなあ」銀之丞はひょいと横へ反《そ》らせた。
「何んだ俳句か、つがもねえ[#「つがもねえ」に傍点]」造酒もとうとう笑い出したが、「真面目《まじめ》に聞きな、悪いことはいわぬ」
「といってあんまりいいこともいわぬ……とこう云うと地口になるかな」
「それそいつがよくない洒落《しゃれ》だ。かりにも観世の御曹司《おんぞうし》が、地口を語るとは不似合だな」
「それ不似合、やれ不面目、家名にかかわる、芸の名折れ、どっちを向いてもアイタシコ。そいつがきつい[#「きつい」に傍点]嫌いでな」「ナール」と造酒はそれを聞くと、ちょっと胸に落ちたらしく、「つまり窮屈が厭なのだな。鬱《ふさ》ぎの虫の原因も、基《もと》をただせばそいつだな」
「やさしくいえばまずそうだ」「ほかにも原因があるのかえ」「万事万端皆|癪《しゃく》だ」「大きく出たな。これはかなわぬ」「今の浮世の有様《ありさま》は、いって見れば蓋をした釜だ。人を窒息させようとする」「おれにははっきり解らないが」「世の縄墨《じょうぼく》に背《そむ》いたが最後、それ異端者だ、切支丹《キリシタン》だ、やれ謀反人《むほんにん》だと大騒ぎをする」「うん、こいつはもっともだ」「今の浮世の有様は、太平無事でおめでたい」「結構ではないか。何が不平だ」「何らの昂奮をも許さない、何らの感激をも許さない、まして何らの革命をやだ」「お前は乱を望んでいるな?」「うん、そうだ、精神的のな。……おれは感激したいのだよ!」「感激をしてどうするのだ?」「おれ
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