うして丑松の部屋まで行った。そうしてそこから見渡される、北側の廊下を隙かして見た。と、驚くべき光景が、彼の眼前に展開されていた。一人の老人がうずくまっていた。一人の小男が種子ヶ島で、その老人を狙っていた。石壁から火光《ひかり》が射していた。……その老人が思いもよらず、玻璃窓の平八だと見て取った時、彼はドキリと胸を打った。そうして彼はクラクラとした。「それじゃ今まで玻璃窓めと、追いつ追われつしていたのか!」彼はブルッと身顫いした。
「江戸から追っかけて来たんだな! 恐ろしい奴だ。素早い奴だ!」彼は身の縮む思いがした。
「だが小男は何者だろう! そうして何のために種子ヶ島で玻璃窓を狙っているのだろう? 玻璃窓はなんにも知らないらしい。顔を抑えてうずくまっている。泣いてるのじゃあるまいかな? なんでもいい、いい気味だ! 殺されてしまえ! 消えてなくなれ!」
 彼は嬉しさにニタニタ笑った。と、そのとたんに彼の心へ、別の感情が湧き出した。「ああ、だがしかし玻璃窓めは、俺にとっちゃ好敵手だった。あいつの他にこの俺を、鼓賊だと睨んだものはねえ。あの玻璃窓に縛られるなら、俺も往生して眼をつぶる。その玻璃窓めが殺されようとしている。……うん、こいつあうっちゃっちゃ置けねえ! こいつあどうしても助けなけりゃあならねえ。あっ、引き金を締めやがった! いけねえいけねえ間に合わねえ! 畜生!」
 と怒鳴ると持っていた鼓を、種子ヶ島目掛けて投げ付けた。瞬間にド――ンと発砲された。
 それから起こった格闘は、真に劇的のものであった。
 少納言の鼓は種子ヶ島にあたり、鼓と種子ヶ島とは宙に飛んだ。で、鉄砲の狙いは外れた。玻璃窓の平八は飛び上がった。そうして丑松へ組み付いた。それを外した丑松は、逃げ場を失って北側の廊下を、西の方へ走って行った。そこへ飛び出したのが次郎吉であった。撲る、蹴る、掴み合う! やがて一人が「ウ――ン」と呻き、バッタリ仆れる音がした。二人の人間は立ち上がり、はじめて顔を見合わせた。
「玻璃窓の旦那、お久しぶりで」
「おっ、貴様は和泉屋次郎吉!」
「あぶないところでございましたなあ」
「それじゃ貴様が何かを投げて……」
「走って行っちゃ間に合わねえ。そこで鼓を投げやした」「ううん、そうして俺を助けた!」「へん、敵を愛せよだ!」「眼力たがわず和泉屋次郎吉、わりゃあやっぱり鼓賊だった
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