い笑いをうかべたが、「銚子港ならまだ結構だ。もっと辺鄙な笹川にいるのだ」「おやおやさようでございますか」「おれも江戸をしくじってな。道場の方も破門され、やむを得ずわずかの縁故を手頼《たよ》り、笹川の侠客繁蔵方に、態のいい居候《いそうろう》、子分どもに剣術を教え、その日をくらしているやつさ」「そいつはどうもお気の毒ですなあ。……それで今日はこの銚子に、何かご用でもございまして?」「うん」といったが声を落とし、「実は騒動が起こりそうなのだ」「へえ、なんでございますな?」「飯岡の侠客助五郎が、笹川繁蔵を眼の敵《かたき》にして、だんだんこれまでセリ合って来たが、いよいよ爆発しそうなのさ。そこでおれは今朝早く、笹川を立って飯岡へ行き、それとなく様子を探って見たが、残念ながら喧嘩となれば、笹川方は七分の負けだ。なんといっても助五郎は、老巧の上に子分も多く、それにご用を聞いている。こいつは二足の草鞋といって、博徒仲間では軽蔑するが、いざといえば役に立つからな。……喧嘩は負けだと知ってみれば、気がむすぼれて面白くない。そこで大海の波でも見ようと、この銚子へやって来たのさ。それに銚子ははじめてだからな。……おや、あれはなんだろう? おかしなものが流れ寄ったぞ」
つと渚《なぎさ》へ下りて行き、泡立つ潮へ手を入れると、グイと何かひき出した。それは細身の脇差しの鞘で、渋い蝋色に塗られていた。
「はてな?」と造酒は首をかしげたが、
「この鞘には見覚えがある」……で、鞘口へ眼をやった。と粘土が詰められてあった。粘土を取って逆に握り、ヒューッとひとつ振ってみた。すると、中から落ちて来たのは、小さく畳んだ紙であった。「これは不思議」と呟きながら、紙をひらくと血で書いたらしい、一行の文字が現われた。読み下した造酒の顔色が、サッと変ったのはどうしたのであろう? これは驚くのが当然であった。紙には次のように書かれてあった。
「主知らずの別荘。地下二十尺。救助を乞う。観世銀之丞」
差し覗いていた次郎吉も、これを見ると眼をひそめた。
「こいつあ平手さん大変だ。文があんまり短くて、はっきりしたことは解らねえが、なんでも観世銀之丞さんは、悪い奴らにとっ掴まり、主知らずとかいう別荘へ、押し込められているのです。地下二十尺というからには、恐ろしい地下室に違えねえ。救助を乞うと血で書いてあらあ。まごまごしちゃいら
前へ
次へ
全162ページ中143ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング