こう云ってしまうと山吹はいかにも安心したようにさも平和《やすらか》に眼をとじた。そうしてそれから二日ばかり活きたが三日目の朝には息絶えていた。
 五歳の猪太郎はその日以来全く孤児《みなしご》の身の上となった。しかし彼は寂しくはなかった。猿や狼や鹿や熊が彼を慰めてくれるからである。
 こうして彼の生活は文字通り野生的のものとなり、食物《くいもの》と云えば小鳥や果実《このみ》、飲料《のみもの》と云えば谷川の水、そうして冬季餌のない時は寂しい村の人家を襲い、鶏や穀物や野菜などを巧みに盗んで来たりした。
 こうしてまたも五年の月日が倏忽《しゅっこつ》として飛び去った。そうして猪太郎は十歳《とお》となったがその体の大きさは十八、九歳の少年よりももっと[#「もっと」に傍点]大きくもあり逞《たくま》しくもあり、その行動の敏活とその腕力の強さとは真に眼覚《めざ》ましいものであった。且つ彼の頭脳《あたま》のよさ! これも正しく驚くべきもので、まことに彼は窩人の血と城下の人間の血とを継ぎ、荒々しい自然界に育てられたところの不思議な生物《いきもの》と云うべきであったが、この猪太郎こそこの物語すなわち「八ヶ嶽
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