に渡る辛労《しんろう》が山吹の体を蝕《むしば》んだと見えとうとう山吹は病気になった。五歳になった猪太郎が必死となって看病はしたが、定命《じょうみょう》と見えて日一日と彼女の体は衰えて行き死が目前に迫るように見えた。
 ある日彼女は猪太郎を枕もとへ呼び寄せた。そうして彼女は云ったのである。
「……妾《わたし》の云うことをよくお聞き。お前のお父様は城下の人で五味多四郎というのだよ。……妾はその人に欺瞞《だま》されたのだよ。――じきに妾は死ぬだろう。ああこの怨《うら》みこの呪詛《のろい》を返すことも出来ずに死ぬのだよ。妾は死んでも死にきれない! 猪太郎や妾にはお願いがある。お母さんに代って憎い多四郎へ、お前から怨みを返しておくれ! それが何よりの孝行だよ! ……おいでおいで猪太郎や妾の側《そば》へ来るがいいよ。腕をお出し右の腕をね。口の側へ持っておいで。さあお母さんの口の側へね」
 山吹は猪太郎の右の腕へ確《しっか》り喰い付いて歯形を付けた。「その歯形は永久消えまい。お母さんの形見だよ。その歯形を見る度にお母さんの怨みを思い出しておくれ。そうして憎い多四郎へお母さんの怨みを返しておくれ」
 
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