る晩のこと、ちょうどあのような赤い灯が湖水を越えて行きましたが、よもや[#「よもや」に傍点]お忘れではござりますまいな? その時あなた様は今夜のようにやはりその窓でそのように湖水を眺めておられました。……お顔の色もお体も今夜のように蒼褪《あおざ》めて顫《ふる》え、そしてお眼からも今夜のように涙が流れておられました。ただ今夜と違っておられます事は尼様達のお祈祷《いのり》の代りに猛《たけ》りに猛る武士《もののふ》のひしめきあらぶ[#「あらぶ」に傍点]声々《こえごえ》が聞こえていたことでござります」
柵《しがらみ》は物にでも襲われたように両手で顔を抑えたが、「何も彼《か》も妾《わたし》は覚えている。あああの晩の恐ろしかったことは……」
「……その夜お城から乗り出した軍装《いくさよそお》いした二隻の船には互いに剣《つるぎ》を抜きそばめ互いに相手を睨み合った若い二人の武士《もののふ》が乗っておられた筈でござりますな。……それこそ他ならぬあのお二方。画像のお方達でござります」
「それも妾は覚えている。一人は橘宗介《たちばなむねすけ》様! おお妾の許婚《いいなずけ》!」
「はい、そうしてそのお方様
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